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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)3279号 判決 1983年11月18日

原告

西野熊男

右訴訟代理人

小栗孝夫

小栗厚紀

渥美裕資

榊原章夫

石畔重次

被告

小口孝雄

右訴訟代理人

水野弘章

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金三三、三三三、三三三円及びこれに対する昭和五六年一一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求の原因

(債権者代位権による清算金支払請求)

一、原告は、久世四郎に対し昭和五一年九月一六日から昭和五二年一月二四日までの間に数回にわたり金員を貸し渡し、これについて昭和五二年二月三日、同日現在の未払残高が金二三、九六四、一四八円であることを確認し、左のとおり弁済することを合意した。(名古屋法務局所属公証人小川潤作成昭和五二年第五〇七号債務承認弁済契約公正証書。)

(一) 弁済期 昭和五二年四月末日

(二) 利息 昭和五二年一月二一日から弁済期まで年一割五分の割合

(三) 遅延損害金 日歩八銭五厘の割合

久世は、右の支払を怠り昭和五六年九月一日現在、右元本全額、利息九八四、八二五円、遅延損害金三一、一五三、三九二円(利息制限法所定の年三割の範囲内)が存する。

二、久世四郎は、訴外奥田榮造から昭和四八年七月ころから十数回にわたり合計一、七三五万円を借受けていたところ、昭和五一年三月一七日名古屋簡易裁判所において久世四郎、同芳子と右貸金債権の譲受人である被告及び訴外内田久勝との間で起訴前の和解(昭和五一年(イ)六二号)をなし、

(一) 久世四郎及び芳子は、被告及び内田に対し昭和五一年三月末日限り、連帯して金三、一五〇万円を支払う。

(二) 右支払を怠つたときは、久世四郎は被告に対し、同芳子は内田に対し、別紙目録記載の不動産につき、それぞれ代物弁済を原因とする持分二分の一の持分移転登記手続を行なう。

と約定した。但しこれは錯誤により無効である。

三、しかるに久世四郎、芳子は右の支払いを怠り、昭和五一年七月二〇日右不動産について久世四郎持分二分の一を被告に、芳子持分二分の一を内田に、それぞれ移転する旨登記手続がなされた。これは譲渡担保の趣旨によるものである。

四、ところが久世四郎、芳子が第一項の借受金員により、被告及び内田に弁済をしたにもかかわらず、第二項の和解調書にもとづき強制執行の申立がなされ、それに対する請求異議(当庁昭和五二年(ワ)第一九四号)、根抵当権設定登記抹消登記手続等請求(同庁昭和五五年(ワ)第一四号)各訴訟が提起された。その訴訟において昭和五六年七月二日、久世四郎、芳子と被告、内田、利害関係人奥田との間で左のとおりの和解が成立した。

(一) 久世四郎、芳子と被告、内田は次の条項を確認する。

(1) 第二項記載の和解調書に記載された金員の支払義務が存在しないこと。

(2) 同調書に記載された不動産が久世四郎、芳子の各持分二分の一の共有であること。

(二) 被告は久世四郎に対し、内田は芳子に対し、それぞれ右不動産の各持分移転登記の抹消登記手続をなす。

(三) 久世四郎、芳子は、昭和五六年七月一七日限り、和解金として金二、〇〇〇万円を、被告、内田及び利害関係人奥田に対して連帯して支払う。

(四) 前号の和解金の支払いを怠つたときは、久世四郎、芳子は、第一号(2)、第二号の権利を失う。但し、その場合和解金の支払いを要しない。

五、久世四郎、芳子は、前項の和解金の支払いを怠つたので、右和解にもとづき、和解金の支払いを免れるかわりに、本件不動産の四郎持分は被告に、芳子持分は内田に、それぞれ確定的に帰属するに至つた。

六、右取得当時の本件不動産の価格は少なくとも八、〇〇〇万円を下ることはなく、従つて被告が取得した持分価額は四、〇〇〇万円であり、これは久世四郎の被告に対する和解金債務額六、六六六、六六六円(和解金額二、〇〇〇万円は被告、内田、奥田に対する連帯債務であるから、債権者数により平等分割し、その三分の一)を三三、三三三、三三三円超過しているから、清算して右差額金を支払うべきである。

七、久世四郎は、格別の資産を有せず、無資力状態であるから、原告は同人に代位して前項の清算金の支払を求める。

(不当利得返還請求(予備的主張))

八、以上のとおり、被告は前記和解条項により、久世四郎に対する六、六六六、六六六円の債権の代わりに、六、〇〇〇万円以上の処分価値がある本件不動産の持分二分の一を取得し、三三、三三三、三三三円の利得を得た。

九、本件持分を被告が取得したことにより、久世四郎は唯一の資産を失つて無資力となり、原告の同人に対する第一項の貸金債権は無価値となり、原告は債権額と同額の損失を受けた。原告は和解の当事者でなく、これと関係はないが、原告は、久世四郎が被告への弁消にあてるため第一項の金員を貸渡し、それによつて債務完済され、被告の本件不動産に対する権利は全て消滅し、被告は右権利の抹消登記手続をなすべき義務を負つていたのにかかわらず、逆に本件不動産の持分を取得し、それにより原告が久世四郎に対する右貸金債権の唯一の担保を失うことを十分に知りながら、前記和解を成立させ、これを取得したもので、法律上の原因なくして被告の損失において不当に利得したものである。

(結論)

一〇、よつて原告は、被告に対し主位的に債権者代位権にもとづき久世四郎の清算金債権を行使し、予備的に不当利得返還請求権にもとづき、金三三、三三三、三三三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五六年一一月二〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三 請求の原因に対する答弁<省略>

理由

一まず清算金支払請求について検討する。

一般に、債権担保目的により代物弁済予約ないし条件付代物弁済契約がなされた場合においては、超過額について清算義務を負うことは法律上明らかであつて、和解契約によつてそれをなした場合でもその例外となるものではない。しかし訴訟上の和解においては、当事者(利害関係人等としてこれに加わるものがある場合においては、それらをも含む。)双方の主張、要求を裁判所が調整し、相互の互譲により合意を成立させるもので、真実存在した債権額等を確認、確定されることなく、双方の合意した額について執行力(債務名義となる)を賦与する等確定判決と同一の効力を有し、当事者間の紛争を終局的に解決させるものである。従つて当事者は和解によつて解決された事柄について紛争をむし返すことは許されないのであつて、清算義務を負うとされる場合も以上の範囲内においてのみ認められるにすぎないと解することが相当である。訴訟上の和解が私法上の和解の性質をも有するとの一面を強調して、常に清算義務を発生せしめるかの如くいうのは、以上の論点と対比し、訴訟上の和解の効力、安定を損ない、弊害が甚大であつて、相当でない。(原告のこの点の主張は採用し難い。)

二これを本件についてみると、請求の原因第四項のうち、そのとおり和解が成立したこと(但し清算義務を発生させるような内容ではないとして、争われている。)、第五項の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、久世四郎、芳子と被告、内田らとの間には、原告主張の訴訟において債権の存否、内容、額等について争いがあり、利息制限法の適用の問題も加わつて複雑な事案として、解決困難な紛争が進行していたが、昭和五六年七月二日原告主張の和解が成立し(但し原告のいうのは、主たる二、三の条項のみであつて、被告は清算義務を発生せしめるような内容ではないとしてこれを争うので、ここに本件に関係する条項の全文を掲げると)、その条項として、

(一)  久世四郎、芳子と被告、内田は、請求の原因第二項(一)記載の支払義務の不存在、同項(二)記載の土地、建物の退去明渡義務の不存在、右土地、建物が久世四郎、芳子の各持分二分の一の共有であること、名古屋法務局昭和五〇年一一月二〇日受付第三六五二八号根抵当権設定登記の不存在を確認する。

(二)  久世四郎、芳子と被告、内田、山田克美は、右土地、建物上の同出張所昭和五二年一〇月一七日受付第五〇三〇号根抵当権設定登記の不存在を確認する。

(三)  被告、内田、山田、利害関係人は昭和五六年七月一七日までに右土地、建物について次のことを行う。

(1)  被告は久世四郎に対し同出張所昭和五一年七月二〇日受付第二二三三四号持分移転登記、内田は芳子に対し同出張所同日受付第二二三三五号持分移転登記、被告、内田は久世四郎、芳子に対し第(一)号の根抵当権設定登記、同出張所昭和五〇年一月二〇日受付第三六五二九号持分移転仮登記、同出張所同日受付第三六五三〇号停止条件付賃借権仮登記を、錯誤を原因として抹消登記手続する。

(2)  被告、内田は、請求の原因第二項記載の和解調書に基きなした土地建物明渡執行事件の執行の取消の申立をする。

(3)  被告、内田、山田は久世四郎、芳子に対し第(二)項の登記を、錯誤を原因として抹消登記手続する。

(4)  山田は当庁昭和五三年(ケ)第一一八号不動産競売申立事件を取下げる。

(5)  久世四郎、芳子と利害関係人奥田は同出張所昭和四八年七月二六日受付第二七〇六八号持分根抵当権設定登記、同出張所同日受付第二七〇六九号停止条件付持分移転仮登記、同出張所同日受付第二七〇七〇号停止条件付持分賃借権設定仮登記、同出張所昭和四九年四月一七日受付第一二八九二号持分根抵当権設定登記、同出張所同年七月二日受付第二一四八七号持分根抵当権設定登記について各設定契約、代物弁済契約を本日合意解除し、奥田は久世四郎、芳子に対し右各登記の抹消登記手続をなす。

(四)  被告は同出張所昭和五二年七月二二日受付第二五三三八号持分差押登記、内田は同出張所同日受付第二五三三九号持分差押登記を、昭和五六年七月一七日限り訴外愛知県と共に抹消登記手続をなす。

(五)  久世四郎、芳子は、前項の抹消登記手続が了した後、昭和五六年七月一七日限り第(三)項の各行為と引換に次のとおり行う。

(1)  被告、内田に対する当庁昭和五四年(ヨ)第六五二号不動産仮処分申請事件を取下げる。

(2)  山田に対する当庁同年(ヨ)第六〇一号不動産仮処分申請事件を取下げる。

(3)  和解金として金二、〇〇〇万円を、被告、内田、奥田に対し連帯して右三名訴訟代理人方に持参又は送金して支払う。

(六)  久世四郎、芳子は、前項第(3)号に記載した和解金の支払を怠つたときは、第(一)項記載の各持分及び第三項記載の各請求権を失い、被告、内田に対し本件土地、建物を明渡し、明渡済まで一日当り一万円の損害金を連帯して支払う。

但し、久世四郎、芳子は右和解金の支払を要しない。

(担保取消関係略)

(一〇) 久世四郎、芳子と被告、内田、奥田の間には、前各項記載の外には何らの債権債務の存在しないことを確認する。

(一一) 訴訟費用は各自弁とする。

と定められていたこと、その訴訟においては双方とも弁護士たる訴訟代理人によつて遂行され、和解手続中においても支払額をどうするか、は最終的段階まで双方の折合いがつかなかつたが、いずれにしても久世四郎、芳子は、本件土地、建物を他へ売却して(当時、それはほぼ具体化し、久世四郎は手付金も受領していた。)その代金を以て充てる、との前提で進められており、他の債権者への配分等を勘案し、裁判所の勧告もあつて和解金額がきめられたこと、原告は重大な利害関係を有する債権者の一人として、殆んど毎回の和解期日に出席し、被告代理人からの一定の配分による解決との提案を受けていたが、最終段階でこれを拒否し、結局、原告を除外して右和解が成立するに至つたこと、本件土地、建物の評価についても、七、九〇〇万円余とするもの(昭和五五年七月一五日)、三、五〇〇万円とするもの(昭和五三年八月二六日頃)があり、他方、和解により不存在確認され、抹消が合意されたもの以外に、本件不動産には先順位の担保として、石田商事株式会社を権利者とする持分全部移転請求権仮登記、極度額五〇〇万円とする共有者全員持分に対する根抵当権、正村竹一を権利者とする別紙目録一の宅地に対する根抵当権が登記されており、被告は、これらの担保を抜くため石田商事に金一、〇〇〇万円、正村竹一相続人代理人に金一、一六六、一八〇円を支払い、その他久世四郎、芳子へ明渡料として金二〇〇万円等の諸費用を支払つていること、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三右の事実(当事者間に争いのない事実を含む。)によれば、本件和解条項は、単純に、金二、〇〇〇万円の支払と代物弁済予約とを約定したものでなく、複雑な当事者(利害関係人を含む。)間の紛争を一挙に解決するため、有機的に密接に関連する各条項(一体をなす)の一環として約定されていることが明らかであつて、原告のいうように清算をすべきものとするときは、物件の評価を幾何とすべきかの点に止まらず、清算の対象たる被告、内田、奥田の久世四郎、芳子に対する債権の額をどのように算定するか、ひいてその余の和解条項の帰すうをどうするか、の問題が生じ、和解によつて解決した筈の紛争の全面的蒸返しを是認する結果となり、余りに不当である。この点について原告は、和解によつて定められた内容どおりの数額、内容を以て清算することを考えているものの如くであるが、それは余りにも一方的な見方であつて、一般に、和解においては、任意に且早期に全額を耳を揃えて一時に支払われるときは大巾に債権額の減額をなされることがままみられるのであつて、それらの条件が満されないときまでその額がそのまま維持されるようなことは、特段の事情がない限り稀有であり、遅滞したときにおいては、債権者(本件における被告、内田、奥田)の主張する額、もしくはそれに近い妥当な額を支払うべきものとされ、さらに遅延損害金、もしくは違約罰等を附加することも往々にしてみられる(以上の点は、当裁判所の職務上顕著である。)ことを思えば、特段の事情を認め難い本件では、むしろ期限における支払の遅滞によつて以上の額の支払義務があることとなることを前提とし、それに対する代物弁済として本件譲渡がなされたものと認めることが相当である。そしてその下において債権額と代物弁済(評価、負担としての費用を含む。)とが均衡を失しないものとして、清算を要しないとすることが当然の前提とされたものと認めることが相当である。

久世四郎、芳子が以上による処理(代物弁済)が計算上不利益となると思えば、和解条項に則つて和解金を期限までに支払えば、それを回避できたのであり、原告も以上の経緯を承知するものとしてこれに協力して結果発生を防止することができたものであるから、一方的に不利益を強いるものと見る余地も全くない。

以上の点は、前掲西野証言のいうように、被告(奥田、内田を含む)が極めて暴力(ヤクザ)的な悪どい手口を用い、評判の悪い金融業者であるとしても、訴訟上の和解(弁護士が関与している)である本件については、前示認定判断を左右するものではない。

原告の清算金支払請求に関する主張は採用できない。

四次に不当利得返還請求について検討する。

前記認定事実に照せば、被告の不当利得と目すべきものは存しないことが明らかであつて、原告の主張は採用できない。

五そうすると、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用し、よつて主文のとおり判決する。

(寺本嘉弘)

物件目録<省略>

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